すぎもとの歴史
創業期 和束を中心に荒物屋として誕生
1953年8月、南山城地方を襲った大水害の翌年、1954年9月、先代正造が相楽郡東和束村にて荒物屋(何でも屋)杉本商店を創業したのがすぎもとの始まりです。
当時、村は陸の孤島と化していましたが、まさにゆりかごから墓場まで全ての商品をまかなえる荒物屋は、地域にとって、無くてはならない存在でした。
●創業時の店構え |
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(左)杉本商店創業時に使用していた、フイルム現像用の陶器製タンク (中)東和束小学校入学1年生の2代目則行。当時、相楽郡内でも珍しく、「バタコ」という愛称でと呼ばれたオート三輪車の前にて。 (右)水害の翌年に、新築された店舗前にて。右端は小学校6年生当時の則行、左端は大工の棟梁で母エイの実兄、97歳で今も健在。 |
発展期 地元のお客様の生活を支える存在に
1972年田中角栄内閣が掲げた、「日本列島改造論」により、日本中が建設ラッシュに沸いた時代でした。当社も取り扱い商品の幅を広げ、建設材料、住宅設備機器と多岐にわたり、時代を先駆けた展示会は地域で珍しく、大勢の来場者で賑わった。 1980年代売上も3億円近くになり杉本商店から杉本商事株式会社に組織変更を図った。 |
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| 1978年、感謝祭を催した際の記念写真。 | 1974年新年初出勤にて前列中央が先代故正造、左隣母エイ、後列中央が当時31歳、家族と従業員の記念撮影 | |
変革期 省エネルギーのプロフェッショナルを目指して
平成元年に関西電力管内の従来型の電気温水器を省エネ型マイコン温水器に取り替える仕事に出会ったのが電化ライフ事業の始まりででした。
この時期、
「何でも屋」を卒業し、明確な個性を持った「何屋さん」になるかの決断を下す必要が生まれました。
21世紀の幕開けとなった2001年1月、本社を和束町から木津町(2008年3月木津川市に市制変更)に移しました。 2006年には、全社で経営会議を開催し、社員が一丸となってこれからのすぎもとのあり方を話し合い、以後も節目には経営会議を継続しています。 |
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現在 地域の皆様に感動をお届けするために
オール電化専門企業として、エコで省エネルギーな生活のお手伝いをするべく、平成20年、新たなプロジェクトとして、本格的に太陽光発電システムの販売と設置業務を開始いたしました。
単に機器を販売するだけではなく、お客様に感動と満足を買っていただき、快適なエコライフをご提案するための場になることを目指しています。
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すぎもとの新しい顔
















